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多古町のおひさま不動産

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なんちゃって、『私の履歴書』

HISTORY

日経新聞の、『私の履歴書』って、ご存知ですか? 各界の著名人たちが自分の半生を書き綴っているのですが、以下は、当社代表 渋谷幸英(ゆきひでではなく、さちえと読みます)の履歴書です。不動産屋というのは、どうも敷居が高いようで、おひさま不動産ってどういう会社よ? どういう人がやっているの? って方に、参考にしていただければ幸いです。

1965年5月
東京オリンピックの翌年に生まれました。女性に年齢を聞くのは・・・ってよく言われますが、私はそんなのへっちゃら。もう若くもないし、でも自分らしく生きられればそれが一番幸せ。
1973年4月
小学校入学。5年生の時まで全く勉強ができず、家庭訪問の時は「特殊学級」(ってなんだ?)に編入した方がよいとまで言われる。5年生の時に担任が変わり、勉強って楽しいなって思い、そこから成績が上がった。小学校の先生って大事よね。こどもの将来を左右するんですから。
1979年4月
中学校に入学。ラジオを聴きながら勉強していた時、忘れもしない、QUEENの「SOMEBODY TO LOVE」がかかっていて、体中に激震が走る。それ以来、QUEEN、とりわけフレディーマーキュリーの大ファン。映画は見たけど、私にとってはイマイチ。実際のライブエイドの映像を何度も見ているので、そっちの方がいいに決まっています。
1982年4月
高校入学。生涯の親友ができ、楽しかったかな。みんな聖子ちゃんカットにしていましたっけ。
1985年4月
明治大学政治経済学部政治学科に入学。特に政治に関心はなし。単に受かった大学に入学。楽しい日々が始まりました。でも、もっとちゃんと勉強しておけばよかった、って思います。このころは、宇野千代が大好きで、彼女の本ばかり読んでいました。
1988年4月
某百貨店に入社。ちょうど女性の社会進出も進み始めた頃で、男女差別のない会社を希望して入社しました。でも期待は裏切られ、一番売り上げたのに、一番業績の悪かった同期の男性社員より評価が低かったことをきっかけに、やめることを真剣に考える。でも、4年もいてしまいました。そのうち2年間は、プログラム開発担当として、当時まだ出始めたばかりのパソコンと格闘し、物流システムや経営分析のシステムを制作。物流のブの字も知りませんでしたがね。そうそう、世の中はバブル。当時は社内預金の金利が8%でした。でも、全くお金は貯まらず、貯める気も当時はあまりありませんでした。
1992年4月
某ソフト会社に入社。情報処理技術者の資格を取り、その後、中小企業診断士の資格も取得するべく勉強開始。当時は”成功哲学”に凝っていて(私は凝り性)、ナポレオンヒルをせっせと読んでいましたっけ、
1996年4月
なぜか、新たなスタートはいつも春。この年2度目の転職をしました。今度はコンサルティング会社。ようやく、4年越しで中小企業診断士も取得。でも、まああまり役に立たない資格、と思いました。人それぞれだし、活用の仕方だとは思うけれど、独占業務のない資格は、基本的に儲かりません。
1999年4月
33歳にして結婚。当時は遅い方でした。結婚したら仕事を辞める、とは全く思っていなかったけれど、一身上の都合で仕事を辞めました。ここから私のながーい”老後先取り生活”が始まりました。
2001年X月
たぶんこの年だったかと思うのですが、一棟目のアパートを買いました。友人から、「この本いいよ」と勧められたのが、「金持ち父さん、貧乏父さん」。当時は公団の団地住まいでしたが、夫と二人で不動産投資をすることを決意。といっても、サブリースだったので、なんちゃって大家でしたっけ。
2006年x月
初めての家を買う。中古のぼろ屋でしたが、私は一目で気に入りました。不動産というのは、やはり出会いなのですね。この家を大金をかけてリフォームして住み始めたのですが、まあ、寒いのなんのって。冬は室内の気温が0度だったりしました。 また、このころは習い事ばかりやっていて、トールペイント、ビーズアクセサリー等々、色々やりましたけれど、どれも私の心を満たしてくれず、何のために生きているのか、と悶々とする日々。
2009年10月
東京から多古町に移住してくる。2000坪の土地を買い、寒くない家を!ということで、輸入住宅を建てました。当時の私は、ターシャ・テューダーというアメリカの絵本作家兼ガーデナーにあこがれていて、ターシャのような庭づくりがしたいと思いました。広大な庭で毎日庭づくりに励む日々。でもやっぱり、私の心は満たされず、「なんでだろう? お金の不安もないし、いい身分のはずなのに」と、自分でもわけがわかりませんでした。
2013年1月
2013年1月1日。この日のことを、私は一生忘れません。自分がもう一度仕事をするとしたら、何ができるだろう? と考えた結果、ふと、不動産屋ならできるかも、と思い立ちました。アパートを数軒買って大家になっていた、というだけの理由で、よくそんな大それたことを思いついたものだ、と振り返ればそう思います。ただ、私は元旦から、独学で宅建の資格取得に向けて勉強を始めました。そして、その年に受験して受かりました。でもしんどかったです。年を取ると、モノを覚えるのがとっても大変。記憶術を駆使して、必死に覚えました。
2014年3月
株式会社おひさま不動産を創業。5月15日の開業に向け、畑の真ん中の自宅を改装しました。そして8月にはビギナーズラックで1軒の家が売れました。仲介手数料は12万円ほどでしたが、私は心の底からうれしいと思いました。だってそのお金は、私が自分の力で稼いだお金なのですから、こんなにうれしく有難いことはありません。私のウツウツとした気分も、気が付けばどこかにいっていました。不動産屋を始めてからは”知は力なり”という言葉が私の座右の銘になりました。知識がなければ、お客様に損をさせることになり、しいては信用を失ってしまう。そういう商売です。日々是勉強!
2018年2月
東京で会社勤めをしていた夫が早期退職し、一緒に不動産屋をやることになる。それまでの間も、経営を安定させるべく、夫と私はせっせとボロ家を買いまくり、リフォームして貸しに出していました。ただ、最近はボロ家は打ち止めぎみではありますが・・・。
2017年3月
雷鳥社より、「相続した田舎の困った不動産の問題解決します」を出版。これまで、田舎の”負動産”を売ってきた経験をリアルに書き、解決策をわかりやすく解説しました。これを読んだ方から売却依頼を何軒もいただき、売却して喜んでいただけたときは、本当にうれしかったです。
2019年1月
国道沿いに店舗を移転。今日に至る。